新興国のゲーム市場に詳しい、メディアクリエイトさんを取材しました。世界中のアプリストアに出現し、ゲームに課金していくアラブ人の謎とは?
※株式会社メディアクリエイト チーフアナリスト 佐藤翔さん
<目次>
1、世界進出をはじめた「アラブのスマホゲーマー」たち。
2、石油王から生まれた「無職の課金王」も存在し得る。
3、中東の「ゲーム規制」はきびしくない。
4、ブラジルは通信料が高い。
5、ラテンアメリカで「ゲーム機」を遊べるのは富裕層だけ。
6、10分/数円であそべる、中南米の「アーケードゲーム型」エミュレーター。
7、アルゼンチンには「ビットコイン」で給与を支払う会社があるらしい。
8、中南米で未だに「公衆電話」がつかわれる謎。
9、ラテンアメリカに日本が進出するには。
1、世界進出をはじめた「アラブのスマホゲーマー」たち
最近はアラブの人たちに「スマホゲーム関連での動き」はありますか?
最近、アメリカのAppStoreの「売上トップ50」に、アラビア語のゲームが入っているんです。これ不思議な現象だと思いませんか。
不思議ですね。でもふつうに考えたら「アメリカ在住の、アラブ人が課金している」ですよね?
はい、最初はそう思っていました。ところが、それにしては金額が大きすぎる。これ、現地で調べてみたら、正解は別のところにありました。
実際、課金していたのは「アラブ人」ではあったのですが、彼らはアメリカにはいなかったんですよね。
えっ、どういうことですか?
正解は「アラブ人がアメリカのアプリストアに進出していた」という話だったんです。
つまり「アラブ諸国に住んでいながら、アメリカのAppStoreに、アクセスしているアラブ人」が、たくさんいたんですよね。
彼らはアメリカのアカウントをつくって、スマホゲームに課金していて。とくにサウジアラビアの人たちが多いようですね。
どうしてわざわざそんなことするんですか? アラブにもAppStoreってありますよね。
まず理由としては「アラブのストアは、アプリが充実していない」というのがひとつです。
実際「アラブにはアプリを公開してない会社」って多いんですよ。タブーが多いイメージがあったり、アラビア語への翻訳が大変だったりで。
だから、アラブの人たちからすると「アメリカのAppStoreのほうが便利じゃないか」となってしまっているんですね。
なるほど、ほかにも理由はあるんでしょうか?
もうひとつは、アラブのお金持ちって、みんな英語できるんですよ。だから、アメリカ人向けにつくられた、英語のアプリでもつかえてしまう。
背景としては、サウジとかでは「国の補助金」をつかえば、ほとんどタダで留学にいけちゃうようなところがあって。
そのおかげで、半端ない数のアラブ人たちが、アメリカやカナダへ留学している。そして、彼らは英語をマスターして、アラブへ戻ってくると。
しかも、いまの時代ですから、欧米の友だちとFacebookやSnapchatでつながって、留学から戻ってきても、アメリカのトレンドが流れてきている。
たしかに、それは納得ですね。
といった理由から、アラブユーザーが、アメリカのストア、つまり「英語圏で一番アプリが、充実していそうなストア」にアクセスしていると。
そして、そのアラブ人たちが「アラビア語のゲーム」に課金することで、アメリカの「トップ50」に、アラビア語のゲームが入ってきている。
もはや、ユーザーが「アプリストアの国境」を越えて、世界に進出する時代になってきた、ということですよね。現地にいながら、アカウントだけ国境を越えてくる、というか。
想定外でした、おもしろい現象ですね。
そうですね。実際に現地の人にも聞いてみたところ、サウジの半分くらいのユーザーは、サウジのアプリストアをつかってないらしいんですよ。
しかも、アメリカやイギリスのストアをつかうユーザーほど、課金額がとてつもなく高かったりするようなのです。
アラブのあるゲーム会社の人も「スマホゲーム売上の、約6割がアメリカであがっているけど、実態はその9割がサウジ人」と話していました。
ということは、「サウジのストア」にアプリを出しても、最大でも「サウジユーザーの半分くらい」にしかリーチできない?
そういうことです。アラブのゲーム会社はこのことを知っていて、世界中のストアに「あえて、アラビア語のまま」でゲームを出しています。
これはローカライズをさぼっているわけではなくて、世界中にちらばった、課金力の高いアラブ人たちに、リーチするためだったんですね。
だから、日本からアラブ人向けにゲームだすときも、「アラビア語のまま」で世界中に公開したほうがいいです。アメリカのストアにはとくに。
なるほど。
あと、そうなってくると「国別のアプリストア市場規模」って、ズレている可能性も高いですよね。
「アメリカのストアで課金している」というアラブ人たちは、「アメリカの市場」としてカウントされてしまっているわけですから。
2、石油王から生まれた「無職の課金王」も存在し得る。
「スマホゲームに課金しているアラブ人」って、やっぱり社長とかなんですか?
お金に余裕があるのは間違いないですが、みんなが「金持ち社長」というわけではなくて。アラブには「富裕層ではない富裕層」が、たくさんいるんですよ。
どういうことですか?
わかりやすくいうと「石油王から生まれた、出来の悪い息子」とかです。そういう「無職なんだけど、お小遣いはある人」がいっぱいいる。
一家に一人、裕福な人がいるだけで、三世代とも裕福に暮らせている、という家族さえあります。だから「収入はゼロだけど、課金しまくっている」という人も多いでしょうね。
なんでアラブ人は「スマホゲーム」をやるんですかね、ヒマなんでしょうか。
まず石油で高収入だけど、ナイトクラブのような娯楽もなく、エンタメも限られる(映画もない)、外は暑いしで。そうすると、スマホゲームに行き着くのだと思います。
アラブのゲーム市場は、水面下ではとんでもないことに、なりつつあるかもしれないですね。実際、アメリカのトップ50などに入ってくるくらい、市場はあるわけですし。
※UAEの「Amir-Esmaeil Bozorgzadeh」さん調査による、アラブの課金データ。月50リヤル(約1,500円)以上、課金している人を対象(データ参照)
3、中東の「ゲーム規制」はきびしくない。
中東って「タブー」があって、下手にゲームをだすと、地雷を踏みそうなイメージがあります。
その話なんですけど、アラブの「モバイルゲーム規制」って、実は厳しくないんですよ。これは強調しても、し過ぎることはないくらいに。
アラブでは「魔法とモンスターがNG」という噂がありますけど、これはよくある間違いなんです。
家庭用ゲームでは「規制」があったりもするのですが、それでも「モンハン」や「ファイアーエムブレム」は、ふつうに売られていますから。
どうして「きびしい」と勘違いしているんですかね?
おそらく「アラブとイランがごっちゃになっている」からだと思います。たしかにイランって厳しくて「魔法とモンスター」がアウトなんです。
これは宗教ではなくて、自国のゲームの保護をやっているからです。たとえば、この「Garshasp: The Monster Slayer」というゲームは、モンスターだけどOKなんですよね。
どうしてですか?
これは「ペルシアの神話」だから。つまり「地元の神話」という設定ならOKなんです。ところが「西洋ファンタジー」だとアウトです。
あとイランでは、ファンタジーはダメだけど、SFはOKなんです。だから「ハリーポッター」はダメだけど、「スーパーマン」はOK。(※「スーパーマン」はクリプトン星出身の宇宙人)
これは「異星人とかロボットがいるのは、しょうがないよね」というノリ。彼らの審査基準では、未来のことはあまりうるさく言わないんです。
だから、近代科学とかSFとかであれば大丈夫。おもしろいですよね。そういう「抜け道」のようなものも、あることはありますね。
4、ブラジルは通信料が高い。
ラテンアメリカのほうでは「スマホゲーム」はどんな感じですか?
ラテンアメリカでは、アプリのダウンロードは伸びているのですが、課金はまだまだですね。そもそもダウンロードのハードルが高いんですよ。
たとえば、ブラジルでは通信料がすごく高くて。月のデータプランも、1GBあたり2~3,000円ほどかかるようです。しかも通信速度は、制限があって異常に遅い。
ここまで高いと、そう気軽につかえないですよね。日本人でいうと「年収100万円なのに、1GBに2~3,000円を払う」くらいの感覚ですから。
そのため、ブラジルではスマホをもっている人の68%が、wifiをつかうそうです。ここまで通信料が高いのは、税金がすごく高くて、安くサービスが提供できないからですね。
5、ラテンアメリカで「ゲーム機」を遊ぶのは富裕層
そうなるとみんな「ゲーム機」で遊んでいるんですか?
いえ、中南米では「ゲーム機」が、すごく高いんです、これは関税の影響で。たとえばアルゼンチンでは、PS4は10万円、XboxONEは11万円もします。
だから、アルゼンチンなどで家庭用ゲームを自宅で遊べるのは、富裕層中の富裕層だけ。これは中南米では、どの国でも同じような状況です。
ちなみに、メキシコで一番あそばれているのって「Xbox 360」で、二番目は未だに「初代Xbox」なんですよ。つまり、旧世代機のほうが人気がある。
どうしてかというと、安いからです。中古の「Xbox」がアメリカから、ガンガン密輸入されていて。それに街中で買った「違法コピーソフト」を入れて、あそんでいる人が多い。
6、中南米のアーケードゲーム型エミュレーター
すると「お金がないラテンアメリカの人」は、どんなゲームで遊んでいるんでしょうか。
中南米の「低所得者層」には、ある形態のゲームがすごく遊ばれています。この写真を見てください、メキシコでこんなモノを見つけました。
これはエミュレーター機なんですよ。この中に、Xbox360などが入っていて。任天堂系のエミュレーターが入っている場合もあります。
このマシンに、数円分くらいのコインを入れると、10分くらい遊べるようになっているんですね。
まあ、めちゃくちゃ怪しいんですけど、家庭用のゲーム機が死ぬほど高いため、こうしたモノが「ゲーム機を買えない人の遊び」として浸透してしまっている。
このアーケードゲーム機は、メキシコ、ブラジル、中南米にはどこでもありますね。オタクショップや貧民街に、置いてあることが多いみたいです。
※写真はメキシコで見つけたもの。現地では”Maquinita Multijuegos”(マルチゲーミングマシン)と呼ばれている。
7、アルゼンチンには「ビットコイン」で給与を支払う会社があるらしい。
ラテンアメリカって、まだまだ年収とかも高くないんですね。
そうですね。たとえばアルゼンチンって、財政が破綻したことが、何度もある国なんですね。ATMにはいつも行列ができているほどで。
そういえば、そんなアルゼンチンで、こういう広告を見つけました。これはゲーム会社の広告で、国立銀行の支店のそばに張ってあったものです。
ここで「ビットコイン」が出てくるのが、世相を反映していますよね。つまり、アルゼンチンの通貨は、国民からまったく信用されていないと。
この広告を見ていると、「ビットコイン」のような仕組みは、こうした国から普及していくんだろうなと思えてきますよね。
8、中南米で未だに「公衆電話」がつかわれる謎。
アルゼンチンの人も、ふつうに「スマホ」はもっているんですよね?
もちろん、スマホは持っていますね。ところが、中南米は公衆電話がたくさん残っていて。スマホで電話帳をみて、公衆電話で電話するんです。
これは現地の人に聞いたら、「スマホの通話プランが切れた」もしくは「固定電話のほうが安い」という理由で、公衆電話をつかうそうです。
つまり、スマホ自体は普及しているんだけど、通信や料金の問題で、いまだに公衆電話の利便性が勝つことがあるんですね。
ちなみに、ブラジルでは「リオ五輪」にあわせて、公衆電話をWifiスポットにするらしいです。なので、これから通信環境はよくなると思います。
9、ラテンアメリカに日本が進出するには。
ラテンアメリカで普及している「日本の何か」ってありますか?
ありますね。たとえば、ラテンアメリカでは「聖闘士星矢」が圧倒的な人気で、最近でも新作ゲームの現地語版が、発売されているほどです。
あと、メキシコでは「キング・オブ・ファイターズ(KOF)」が人気です。もともと、メキシコはプロレス好きな国ですが、格ゲーもすごい大好きで。
だから「KOF」の世界トーナメント戦をやると、なぜかメキシコの方から強い選手が、ガンガン出てくるそうですよ。
あとゲームではないのですが、メキシコでは「マルちゃん」のカップラーメンが人気。もう現地では「マルちゃんする」とかまでいうんですね。
ラテンアメリカについて「日本のゲーム企業」が知っておくべきことは?
ラテンアメリカについて、知ってほしいのは「肌色が多くてもOK」ということです。現地で広告などを見ても、それをすごく実感しましたね。
あとは「アプリの課金」はまだまだですね。街中でも「歩きスマホ」を見ることも少ないですし、みんな電車内でもボーっとしています。
ちなみに、メキシコって地下鉄に「行商人」がいるんです。おっちゃんがラジカセを背負って、音楽をかけている。何してるかというと、CDを売っているんですね。
駅の人は黙認しているようですが、こういう行商人が4万人もいるらしい。ネットがつながらない地域ならではの、音楽の流通方法ですよね。
編集後記
とにかく、アラブ人の課金パワーで、実際に「アメリカのAppStore売上50位」まできているのがスゴイ…。
メディアクリエイトさんでは「新興国ゲームビジネスレポート」の発刊などもされています、よりマニアックな情報が欲しい方はどうぞ。
先日も「ドバイのプロこじきは月収800万円」というニュースが話題になりましたが、一部のアラブ人のパワーは本当に想像がつきませんね。